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2008-12-04 23:45:52

お互い様と言うなら余計なことはしないでくれ!

テーマ:PTA
PTAは「公益団体」なのだろうか? 「互助団体」なのだろうか?

もし日本のPTAが、アメリカのPTAのように学校を舞台に活動する「公益団体」であるなら、なにも文句はない。学校側と連携をとりつつ、大いに頑張ってほしいと思う。わが子の通う学校でのことなら、私も参加するかもしれないし、参加しない場合も基本的に感謝の気持ちは持つだろう。(ちなみに、うちの子どもは来春高校を卒業するので、まったくの仮定の話になるが。)

ところが、PTAが「互助団体」だとするならば、話は全然違ってくる。
一言で言えば、「余計なことはしてくれるな」ということになる。

私にはPTAがやっていることで「これはどうしても必要だ」と思えることはない。であるのに、「互助」(お互い様)である以上は、誰かが何かをすれば自分も何かをしなくてはいけなくなってしまう。
私とて、「必要だと思うけど、自分はやりたくない。他の人がやればいい。」というのは、単なるわがままだと思う。しかし、自分には必要だと思えないことを誰かがやって、「はい次はお前がやれ」と言われても、納得などできない。
ところが、現在の日本のPTAは、必要かどうかの確認もなしに勝手に何かをやっておいて、「はい、次はお前がやれ!」が常態化している。

寛大な人がいて、「出来る範囲でやればいいですよ」と言ったところで、それは本質的に【お目こぼし】に過ぎない。だから、ごく普通の人からは「お前はずるい。子どもが嫌な目にあっても知らないよ。」などと毒づかれることになる。
なんともはやではあるが、PTAが「公益団体」ならぬ「互助団体」なら、「何もしないお前はずるい」という考え方はある意味筋が通っている。

ただ、ここで考えたいのは、PTAが「互助」団体だとしたら、いったいだれがどのような「助け」を求めているのか? ということだ。
私は今の今まで「これはあなたやあなたのお子さんにとって『助け』になりますか?」と確認されたことなどないし、「助け」を求めたこともない。

前稿にも述べたように、学校との連携は「保護者会」がきちんと機能すれば十分にできると思っている。PTAはなくてもかまわない。
また、PTA主催のクリスマスパーティーとか、運動会での景品の配布等々。
別になくてもかまわないと思うのだ。
学校行事として、運動会もあれば、遠足もあり、「社会科見学」という名のバス旅行もある。
いったい何の不足があると言うのだろう?

「互助」の押し売りは、勘弁してほしいと思うのだ。





1 ■賛成!
御趣旨に熱く賛同します、冷静に判断して。
私は、「巻き込むなよ」とか「count me out!」の気分でおりました。
   FJN「blogの順調なスタートに乾杯!」拝
2 ■無題
FJNさん
コメント、ありがとうございます。
ご賛同いただき、たいへんに心強いです。
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

「ここはちょっとな…」とか、「なにを言っとるのか!」等の点がありましたら、びしびしご指導くださいませ。
3 ■こんばんは
拙ブログへのコメントありがとうございました。
「お互い様~」に関するコメントではないので心苦しいのですが・・・・

私にとってPTAは「無いよりはあった方がいい」という程度の認識です。

来年度、どう運営していけばいいのかと考え続けていますが、内部だけでなく、外部からの貴重なご意見もお待ちしています。

今後ともよろしくお願いします。
4 ■こんばんは
こちらこそ、早速のご返答ありがとうございました。
「外部からの意見」、出していければと思っております。
執行部の立場からはとても呑めないということもあるかと思いますが…。
多少なりとも参考にしていただければ幸いですし、「そんなこと言ったってお前ね~」という執行部のお立場からのご意見を聞かせていただければうれしいです。

今後ともどうぞよろしくです。
5 ■イベント企画時にアンケートが有ればいいのに…
 私も、気の向かない人を無理やり参加させるPTA行事って、有得ないと思います。

 イベントの実行委員会で副委員長を務めた後、次年度の委員長決めがクジ引きという事態になってしまい、運悪く、とても忙しい人に当たってしまって、勤め先から、委員長をやったらクビと言われて大騒動になったことがありました。 その方、委員長に当たってしまってから、「イベントをするかどうかから検討すべき」と…。
 もちろん、その人は、クジ引きで委員長を決めること自体を反対するべきでした。でも、私はその人の意見を「トンでも発言」とも言い切れない思いでありました。

 PTAのイベントって、形式的には運営委員会や総会で決議されては居るのですが、十分に議論が尽くされた後決議されているとは限らないと思うのです。実際、自分も中学校で親子清掃なんて変だと思います。母親より、中学生達の方が背が高かったり体力があったりするじゃないですか!と意見を言って、無視されたこともあります。

 イベントを企画するときに、どのくらいの人数が参加を希望しているか、手伝いに来られるのかをチェックするのが本来は当り前なんじゃないでしょうか?実のところ、4月の懇談会の時に『○○係り、一クラス当たり○人』と召集するよりも、臨時で立ち上げたイベントで一ヶ月くらい前に、『○○の行事を企画しています。手伝える人は○をつけて提出してください。』などと、募集をかけて、2交代制にしても人が余るくらい集まったことがありました。4月から予定がFIXする方が本部は安心でしょうけれど、一般会員は、何ヶ月も前から予定をFIXすることに抵抗があるんですよね(笑)。偶々その日、その頃、忙しくなってしまったらどうしよう…みたいに。

 それに、クラス辺り○人としないで募集すると、仲のいい人同士で申し合わせて申し込んでくれる場合もあるのもメリットだったと思います。

 私個人は、イベントが余り好きじゃないので、時間と体力が許せば事務系のことなら手伝ってもいいかな?と思ってました。PTAを良く知らなかった頃のことですが(笑)。
6 ■コメント、ありがとうございます。
とまてさん
コメント、ありがとうございます。
PTAの仕事の中で、無理強いしてよいことなどひとつもないと、改めて思いました。

>それに、クラス辺り○人としないで募集すると、仲のいい人同士で申し合わせて申し込んでくれる場合もあるのもメリットだったと思います。
これは、確かにそうでありますね。
私の経験でも思い当たります。

ところで、御ホームーページでの「日P批評」、勉強させていただいております。
「いったいなにやってるのかな??」とは思っていましたが、正直、ここまでろくでもなかったとは驚きです。(関係者の方、お気を悪くされたらごめんなさい。m(__)m)
7 ■無題
人を追い詰めるような習慣、形式、伝統などが苦手な私には、PTAはまさにそれに該当するように感じてなりません。よって個人的意見からは、
PTAは「互助団体」「公益団体」のいずれでもなく、強いて言えば「任意団体」の一語です。ただ現状としては「任意」団体とすら知られていない事が少なくないようで・・・。
有志が集まり出来上がり運営され始めたアメリカのPTA、PTOとは違い、確固たる理由は不明ですが「強制的に導入された」日本のPTAの場合、やはり目的そのものが見失われるのは仕方が無い、悲しい現実なのかもしれません。そもそも、
お互い様と言う考えはうまく根付いていた時代もあるかもしれませんが、もともとボランティア精神に疎いこの国に、このPTAと言う組織そのものがうまく機能し根付くとは考え辛い。
お題目の様に唱えられ、時には脅迫として使われる「子ども達の為]と言う言葉で、活動強制、いじめや嫌がらせをし合う保護者達。親のこんな姿が子ども達の為になっているのか果たして疑問であるし、こんな状況が「お互い様」「助けになる」とは到底思えない。
PTAの主催する行事は数あれど、子供達自身が本当に望んでいるものかどうか、一つ一つ聞いてみればいい。その過程で、その行事を実現する為にこんな実情があるんだよ、と知らされたらきっと子供達も心から楽しんで参加できないとは思う。
学校側の用意している活動だけで十分だと私も思います。その上で少子化、ぎゅうぎゅうづめのクラス、体罰禁止の傾向、その他の問題で学校側も悩みを抱えているなら、保護者と連携をとって改善していけばいい。それが子ども達の為にならないだろうか?変な行事を作り、表面上賑やかに華やかにするだけがPTA活動でもないような・・・。
8 ■そう言えば・・
>PTAの主催する行事は数あれど、
>子供達自身が本当に望んでいるものかどうか、一つ一つ聞いてみればいい。


子どもが小五の時に今の所に越してきたのですが、
すでに反抗期に入りかけていたので、地域のPTA行事に参加するのが嫌そうでした。

でも、地区ごとに子どもの参加率を比べているのか、
地区の役員さんから子どもだけでも参加するように言われていました。

ある行事の時などは、学校の門の前に地区の役員さんたちが待機していて、
ランドセルのまま子どもたちを地域の集会場に連れて行っていました。


ここのPTAは子どもも動員するんだな…と思いました。